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- 09月01日
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ささやかな不幸
先日ふと、もし柔道のルールが「一本を取ったら勝ち」じゃなくて、「一本を取られたら勝ち」だったら、どんな展開になるのだろうか、と女子高生を眺めながら考えました。
一本を取られたら勝ち、すなわち相手に投げられれば勝ち、というこの意味不明なルール。当然、あらゆる手を駆使して、わざと相手に投げられようとするでしょう。つまり例えば、相手が足を一歩踏み出したその瞬間、「あぁ、見事な大内刈りにござりますー!」とか言いながら派手に後ろに倒れたりするわけです。
大内刈りをかけたという疑惑を与えられた相手は、このままではまんまと一本取らされてしまいますので、さっとすばやく相手の背中に手を回し抱きかかえながら、かつ心配そうな顔で、「大丈夫ですか、マドモアゼル。せわしい人が多い街ですから…。」とフォローします。
これはもう見事な紳士一本。勝負ありです。わざと倒れようとした方はいかにも浅はかでした。
- 09月04日
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やるなら徹底的に、だ
中学生の頃、体育の授業で初めて柔道が導入されたことがありました。
我が学年の体育教師は柔道未経験だったようで、指導するために1週間ぐらいかけて研修を受け黒帯を取ったようです。しかし、1週間やそこらで体得できるスポーツなど普通はありません。どう見てもトーシロのそれだったわけですが、先生も自分でそのことが分かっているのか、技の模範などがあると僕かゴリに「お手本を見せてくれ」と頼むことがよくありました。というか、毎回そうでした。
ある日、その先生が何か用事があって柔道部に来たことがありました。先生も柔道の面白さに目覚めたのか、用事ついでになぜか練習に参加しだしました。それで、ほどよく体が温まってきた時、無謀にもこんなことを言い出しました。
「スタンリーとゴリ、や ら な い か?」
- 09月09日
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ダブルアーツ打ち切り(またか…)
もう最近は自分が好きになる作品が打ち切られすぎてジャンプ買うのやめようかと思っちゃいますよ。まぁ、ダブルアーツが打ち切られたっていう話なんですけどね。
不死の病という設定が安易すぎるとか、主人公の思考回路が理想論すぎるとか、そもそも浅いとか、まぁその通りすぎる批判ですが、基本的に僕はベタな話が好きなんですよね。だからこそ、浦沢作品の中でもYAWARAが一番好きですし、ドラえもんが人生の教科書なわけです。
ベタ、もしくはストレート。
やはり自分が大人になるにつれて、どこか無くしてしまったものだからでしょうかね。やはり、理想と現実の差を思い知る毎に、人は段々と現実に重きを置くようになりがちじゃないですか。ならばせめて、漫画や小説の世界ぐらい理想的なものであって欲しい、という感じですかね。
こんなタイミングで現れるわけないだろ、というタイミングで正義のヒーローが現れる。
なんだよこれおかしいだろ、なんてバカにしつつも、お約束だよね待ってました、なんて実は心の中でスカッとした気持ちになっている。そういうことってありませんか。(もちろん、度重なるそういった演出にはウンザリさせられますが。ヌルト、ヌリーチなど)
そういったわけで、主人公が甘ちゃんすぎるが憎めないベタベタなラブコメのダブルアーツを応援していたわけですが、まぁ打ち切られて残念な限りです。
- 09月20日
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将棋道場に通った話
夏休みも残り2週間です。この夏休みはとにかく仕事と将棋でした。とくに将棋熱の再燃っぷりは凄まじいものがあり、友人同士の対戦では飽き足らず、ついに街の将棋道場なるものに通うようになりました。こんな楽しい場所があったなんて!と己の世界の狭さを改めて知りました。
全くの他人と指すあの感じは、久しく味わっていなかった試合の緊張感と似ています。やはり日常生活にはこの緊張感が必要ですね。
何度か通った中で感じたのは、小学生がやたらと強いことです。僕も一度小学二年生の
クソガキ子供に負けました。 なんていうか、もう本当に、はらわたが煮えくり返るとはこのことか!と実感してしまう悔しさで、これも試合に負けた時と同じ性質のものだと思いました。まぁしかもね、子供は脳みそがやわらかいせいか、思考時間がかなり短いんですよ。対して我々大人の脳みそはもう硬化しきっているので、どうしても長考してしまいます。その僕を負かした子供も明らかに退屈そうな顔をしていて、勝負が終わって席主(道場の主)に報告する際、こんなことを言ってました。
「あの人、弱いくせに打つの遅い」


