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10月20日

高知だけあればあとは何もいらない

もう先週のことですが、友人と四国に遊びに行きました。

とにかく高知がずば抜けて良かったです。今まで訪れたどこよりも好きでした。起伏のない平野で生まれ育った僕としては、四方が山に囲まれている街、というだけでもう大興奮なわけですよ。それに加えて、海もすぐそこ、綺麗な川も流れている。これで興奮しないなんて嘘です。

たったの四日間の旅でしたが、とにかく時間の流れがゆったりとしていて、まるで一ヶ月を過ごしたかの如くでした。いや本当に。尋常なく長かったです。夜は本当にやることがなさすぎて、それが逆に時間の価値を再認識させてくれました。まったり読書を基本に、友人と語らったり、ヤーウェーイしたり、夜が長いと感じたのは小学生ぶりぐらいでした。

とにかく高知は最高です。世界には高知と僕んちがあればあとは何もいらないよ!と本気で思えてしまう、と言っても過言ではない、ような気がするほどに最高です。

写真です。

適当に撮ったうちのいくつかを載せていこうと思います。食い物に関しての感想はこれに尽きます。

「カツオ美味すぎ」 

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10月31日

井の中の蛙は不幸なのか

井の中の蛙は果たして不幸なのでしょうか。

「大海を知らず」とは言いますが、知らなくてだからどうなの?という部分には触れられてないような気がします。まぁ通常は、上には上がいるんだよ(だから天狗になってたらいかんよ)、といった意味で用いられています。が、しかしね、世の中には知ったところで、どうしようもないことだってあるじゃないですか。

なので、

『井の中の蛙、大海を知らず
だけど幸せに暮らしましたとさ めでたしめでたし』

とかそんな感じに続けたら実にハッピーエンドでいいんじゃないかと思うんですね。もしもこれが、

『井の中の蛙、大海を知らず
可哀想な蛙さんは広い広い大海原を知ることなく、一人寂しく一生を終えました』

とかだと、なんかものすごくやるせない気持ちになってきますからね。そんな!勝手な決め付けはやめろよ!って思いますもんね。いや、そもそも根本的に、蛙は淡水生物なので、海の存在を知ったところでそこでは生きていけませんからね。なんて残酷な話でしょうか。

「俺…生まれ変わったらさぁ…今度は魚に…そんで広い海で…広い……うみで…(死亡)」

みたいな死に際の台詞は聞きたくありません。そんな蛙悲しすぎる。

よって、僕がオススメする「井の中の蛙論」としては、

『井の中の蛙大海を知らず
でも知らなければそれに越したことはないよね』

これを推したいと思います。

さて、話は変わって、久しぶりに友達系のブックマークが増えました。小学校からの友人でこの前の四国旅行も一緒に行きました。東大生です。

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