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05月01日

オーマイコンブ就活

お久しぶりです。

最近、残念なことや衝撃的なことがあると、何かと「オーマイコンブ!」と言ってしまいます。一体どうしてしまったのでしょうか。自分が分かりません。

そもそも自分の中の「オーマイコンブ」の記憶なんて、主人公の顔すら全く思い出せないぐらいなのに、なぜか「オーマイコンブ!」と叫んでしまう自分はそろそろ病院(頭の)に行った方がいいのかもしれません。

オーマイコンブ。

ご存知の方もいるかもしれませんが、二ヶ月に一度ぐらいのペースで高校の友人たちと深夜鬼ごっこをやっています。実はそれのホームページをmomo氏が作ってくれました。オールFLASHです。かっこいい。

YAKTAG.net

鬼ごっこについて語りだすとキリがありませんが、とにかく予想以上に楽しい遊びです。そして奥が深い。フィールドが広いので、体力と同様に戦略性が必要とされます。(そのどちらもない僕はただ狩られるの待つ草食動物です。敵に見つかってとる行動の選択肢は基本的に「諦める」です)

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05月04日

スネ夫のパーカー

だいぶ遅い情報ですが、ドラえもんのキャラクターの服装が、来週から変わるそうです。ずばり以下の通り。

スネ夫

とりあえずスネ夫のパーカー見て爆笑しました。

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05月07日

試合のない人生なんて

ここ数年、なんだか生活に張りがありません。なぜか。

「それは試合がないからですよ。」

僕の中のゴルバチョフ氏が答えました。

そうなんです、試合がないんですよ。あの試合特有の命を削りあうような緊迫した瞬間がないんですよ。高校3年で部活を引退してからというもの、大学入試で一時的に擬似試合体験をしただけで、後はもう無味乾燥な日々です。

「試合してぇ」

心からそう思います。昔は試合なんか大嫌いでした。負けるのが死ぬほど嫌いだったんです。

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05月08日

僕もそう思う理想の人間像

そういえば、以前、糸井重里がほぼ日のコラムでこんなことを書いていました。テーマは糸井さんが思う価値ある人間像について。

ぼくの考える人間の価値のなかでは、順番を争うような種類の何かは、あんまり重きを置かれてないように思う。

ぼくは、なぜだかわからないけれど「あいつを呼ぼうぜ」と言われる人がいいと思っている。

結果はわからないけれど、自分のこどもにもそんなふうに育って欲しいと願ってきたし、知り合いの若い人たちにも、言う機会があれば、そう言ってきている。

勉強ができるからといって、「あいつ呼ぼうぜ」と言われるわけじゃない。ケンカが強いから、「呼ぼうぜ」ということでもない。たんまり金を持っているから、「呼ぼう」でもなければ、地位があるから「呼ばなくちゃ」ということもない。笑わせるのが得意だから「呼ぼうぜ」とも言い切れない。

なんだか知らないけれど「いたほうがいいやつ」、「あいつがいたら楽しいだろうな」と思わせるやつ、そういうやつこそが、ぼくの考える人間の理想なのだ。

おおって思いました。さすが重里。

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05月09日

デブの個性化

デブにとって最も不幸なことは、デブであることがその人のパーソナリティーになってしまうことですよね。

たとえば、友人のゴリ。

彼とは小4からの付き合いですが、もうかれこれデブ暦10年ぐらいのデブ界の重鎮です。太っていないゴリなど想像できないし、痩せたゴリなどもはやゴリではない。と言っても過言ではない。デブであることが、ゴリの大きな個性になってしまっているわけです。

また、友人のH。

中学の柔道部で知り合い、未だ交友を続けていますが、彼もゴリ級のデヴァー(デブ人)でした。陽気なキャラクターと体格がベストマッチして、果てしない笑いを我々に提供し続けてくれている彼なわけですが、高校時代、激痩せしたことがありました。

顔は男前なので、端から見れば非常に「イイ男」なんですが、昔の彼を知っている僕らには、

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05月12日

死ぬまでに読んでおくべき柔道漫画 その1

また柔道の話になって申し訳ないんですが、死ぬまでに読んでおくべき柔道漫画について紹介します。

まず何よりも推したいのは、「YAWARA!」ですよ。

個人的には浦沢直樹の最高傑作だと思っています。ストーリーが面白いのは言うまでもなく、後半の技の描写が素晴らしいんですよ。(とくに最後の決勝戦がねもうヤバイんですよ。個人的にはスラダンの最終巻を超えます)

柔道において技が一番かけやすい瞬間というのは、相手が技を失敗して元の体勢に戻ろうとするその瞬間です。戻り際を狙って技をかける、これは基本でありながら究極でもあります。

なぜ究極なのか。

それは、どんなに強い人でもこの戻り際の隙をゼロにすることは出来ないからです。

もちろん強い人ほどこの戻り際の隙は生じなくなります。でもゼロじゃない。必ず倒せる可能性がそこにはあるわけです。また、手の内を知り尽くした同士の戦いなどで勝敗を分かつのもこの隙です。

次に技をかけやすい条件としては、相手の虚をつくことです。

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